Takechang の冗談半分 #236  92/11/22 20:34

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Amtrak 3

Barstow到着の所まで書いたと思う。

SQ便は約1時間遅れて成田についた。僕は手荷物だけだし,税関に申告するようなものもない。

別送品の申告だけはしたが,どうせCMDXのカタログだけだから税金なんてほとんどないのでそれも必要ないのかな?(それでも,FedExでは「いくらの価値があるか」と聞かれる。値段なんてもともとないのだから,こまってしまうが,一応$100とかしておいた。)

とにかく別送品があると,申告するほどの品物がなくても外国で買ったものは全部書けということになっている。

ということで携帯品のらんは,

COMDEX Tシャツ 2枚  3000円
LAボールボールペン 5 2500円
おもちゃ(Santa Fe鉄道チョロQ) 4 2000円
7500円

である。バゲッジクレイムで待つ必要がないから,まっさきに税関に向かう。

税関の係官は「お酒,タバコは買ってない? 別送品はカタログだけ?」と聞く。「はい」ということで,やや拍子抜けの係官がはんこを押してくれて,通関は終了だ。いつも通り,なんの確認もない。

Sex by Madonna, Steven Meisel

(余談だが,このぶんではマドンナブックはやたら入っているだろうと思う。LA空港の売店などは,Sold out. じゃなくて,「売り切れ」と言っているぐらいで,買うのは圧倒的に日本人のようだ。正規の国内出版に意地悪してもしょうがないと思うのだが?)

どこかにデータポート付きの電話がないかな? 成田にもAT&TのPublic Phone2000のようなデータポート付きの電話があるはずだが,見つからない。

結局そのままいつもの京成電車,JR,OERで丹沢,車で長野の経路で帰ってきた。というわけで,これから以降は帰国後の長野で書いている。


14:18
えと,Barstowである。ここはすでにカリフォルニアに入っているらしい。貨物列車がたくさん引き込み線に入っており,Santa Feと,でかく社名が入っている。約2分の停車で,すぐに発車した。ラスベガスのような10分も止まるのは異例なのかな?

カリフォルニアに入ってこのあたりから,土の色が赤茶けたものから,しろっぽく変わってきた。

畑らしい緑のところが出てきた。なんとなく人里の感じがある。お,ついに牧場がある。乳牛らしい,白黒ブチの牛がいる。何百だか何千だかわからない。とにかくいっぱいだ。

次は馬だけ,サフォーク(頭の黒い食用の羊。昨日のラムはたぶんこれだろう)だけ,といった牧場が見えてくる。

やっぱりネバダは砂漠だったんだな,と思う。ところどころ家があったけど,何をして暮らしをたたているのだろうか。

牧草地に荷車の車輪のようなものが,数m間隔でシャフトでつながったものが置いてある。長さは100mぐらい。何をするものかわからなかったが,これをころがしながら水をかけているところに遭遇,用途がわかった。畑の水やり車なのだ。ここも砂漠の途切れたあたりだから,かなり乾燥しているのだろう。

どっちにしてもアメリカは基本的に乾燥している。アメリカのショーでは多くのブースでキャンディを置いているが,甘いものずきというほかに,こんなのでもなめてないと,のどがかわいてしょうがないということがある。

VICKS

僕はもともと喉が弱いから,ホテルの売店でVicksドロップを買ってきた。これは日本製のより効果的なようで,1日に1〜2個なめてれば,大丈夫。今回はまったくカゼの心配がなかった。高田さんがちょっと具合が悪くなりかかっていたので,これを置いてきたけど,よくなっただろうか。

14:50
あと数分でどこかにつく,と放送しているが聞き取れない。映画とかTVとか,ノイズの無い状態ならば分かることでも,雑踏の放送やらこういう走行音のまじった放送というのはなかなかわかりにくいものだ。

いつも,聞き耳をたてていないとダメなのが空港の放送。しかし,LA空港は音量が大きくて非常に聞き易い。実はシンガポール航空カウンターにパスポートを忘れてきたのだ。全然気がついていなかった。

空港の放送が入って,取りに行った。この前,ボストンの時は航空券を落とすし,よくこれでなんにもないものだ。

14:55
Victorvilleに到着。止まったと思うとすぐに動きだした。降りる客も,乗る客もいなかったようだ。駅の回りには家はあまりない。

少し走った先ですぐに停止。Amtrakの客車とすれ違った。あれがたぶん,LV18:45のEastbound便なのだろう。ここまで4時間ぐらいだから,あっち側はほとんど遅れていないようだ。

車掌が通りすがりに「LA到着は6時ぐらい」と言って行った。

なんだ,遅れは縮まるどころか,よけい遅れているようだ。 6時じゃあ,もう真っ暗だろうなあ。泊まるところが見つかるだろうか。

だんだん家が増えてきて街らしくなってきた。いま,列車の脇の通りがSanta Fe通り。親子の乗った旧ミラージュ(三菱製の車)が手をふって追い抜いて行った。

ところどころ,直径2mぐらいのパラボラアンテナの付いた家がある。衛星放送を受信しているのだろう。

そのほかにUHFアンテナの付いた家もあるが,多くは何も付いていない。そういうところはTVはどうしているのだろうか。まさか,無いとは思えないしVHFなら室内アンテナぐらいで映るのだろうか。あるいは,こういう人家の連なるところではケーブルTVなのだろうか。

15:15
本来の時間ならばLA到着の時間だ。街をすぎて,Santa Fe渓谷に入った。岩山と電柱だけがずっと並んでいる。

15:45
隣にやってきた男2人。「こいつは中国人か」とか言っている。ちょっと飲んでいるようなので,無視して様子をみる。そのうちにいってしまった。いったい,今回は1人で行動していると,大抵中国人か,韓国人に見られた。

良く言われる,「日本人はグループ行動する」という法則から,1人でいるのは中国人,となるようだ。

Sandsの「台湾館」では,何回も中国語や韓国語でいきなり話しかけられた。「僕は,日本人だから,言ってることが分からない」というと,あいては,あれ,という顔をし,英語に切り替える。

中国人の英語というのも,独特というか,ほとんどタモリの中国語のような英語だが,これでかなり慣れた。韓国系のほうが,英語は分かりやすい?ような気がした。こっちは,日本式だから,しゃべり始めれば日本人と納得するようだ。

LAのホテルも中国人,韓国人,日本人で占められていたけど,ここではみんなグループ行動のようだった。

日本人は若いバイクのヘルメットを持ったグループ(バイクで移動しているのだろうか?)。この人たちはなまじ英語なんて話さないのがすごい。フロントに着いたときから日本語一本で,僕のように英語がうまくないなんてヒクツになってない。若い奴ってのは大したもんだ。

中国,韓国系もこのノリだ。フロントの男はどうやら韓国系のようで,韓国語は流暢だった。ホールは中国語,韓国語,日本語,英語が飛び交って,親善マージャンのノリだった。とにかく,このホテルにいた人たちは観光目的である。

韓国や中国の人たちは目的がビジネスになってくると,次第に自分単独で行動するようになるのだろう。日本人はビジネスシーンでも団体のままということだ。このあたりが,ビジネスのレスポンスの差になっていると思う。

自分の意志でその場で決定できる中国,韓国系と,あくまで相談しないと決まらない日本人。アメリカも中国系のノリだから話はそのほうが通じ易い。昨今の「弱ってる日本」の理由はこんな,基本的なところなのかもしれない,という気がした。

列車はサンタフェ渓谷の真ん中を通っている。

16:00
岩山の向こうに日が沈んだ。

TAKECHANG

Takechang の冗談半分 #236  92/11/22 20:34