Takechang の冗談半分 #350  93/ 4/ 7 22:28

プータロー日記 8>
難攻 小和田駅

ぼくの家のすぐ近くをJR飯田線というのが走っているが,この飯田線最強の無人駅?が最近話題になっているのだが,ご存知だろうか。

つまり,その駅の名は「小和田」であって,かの皇太子殿下の婚約者と同じ名前ということなのである。

たったこれだけのことなのだが,近隣の駅員のいる駅「水窪」から「小和田」行きというキップがご成婚後めちゃくちゃに売れ,すでに売上700万円に達したという。

というわけで,いささか「ワイドショーネタ」ではあるが,今日はこの小和田駅に行ってみた。

うちからは遠い。車で2時間以上。ほぼ八王子から新宿あたりに行くのに相当する。

電車では1時間に1本ぐらいしかないし,この飯田線を貫通して走る電車の数は更に少ないし,ひどく時間がかかる。

場所は長野県と静岡県の県境をほんの少し静岡に出たところである。

で,車で行きたいわけだが,地図でみると,なんとこの駅に行く道というものはない。

大昔なら,駅のすぐ前は天竜川だから,船で……という手もあったはずだが,いまは途中に平岡ダムなどがあるし,下流には佐久間ダムがあるから,船では行けない。

ということで,尋常なアクセス方法というのは,まる1日かけて電車で行くしかない,というすごいところである。

前が天竜川,後ろが切り立った山で,その山のすそに線路がある,普通なら駅なんてありそうにないところになぜかあるのが,この「小和田」駅なのである。

ぼくは電車では時間的に今日は行けないことが分かっていたから,何とか途中まで車で行き,あとは行けなければ仕方がないか,ぐらいな感じで出かけた。

平岡ダムのあたりまでは4百何号だかの国道が通っているから快適である。

最後の約15km,これが問題で伊那小沢駅(これもなにやら最近キナくさいヒトの名前のようだが,こざわと読む)あたりからは林道になる。

上流から,谷がだんだん狭くなってきて,この県境あたりでは川の両岸にそびえる山,そのすそのを縫うようにして道や線路が付いているだけである。

道路でいうと川の西岸は川沿いの比較的下のほうにそこそこの広さの道路が走っているから,車の場合こっちを来ればらくなはずである。

ところが,「小和田駅」に行く場合は,なんと川の対岸から川を渡る方法がない。

で,仕方無しにはるか山の上の方にくねくねとついている林道を行くしかないわけだ。

まあ,はるか何百メートル下を見おろすと,天竜川が見えるから,だいたいは狙っている方角に来ていることはわかるのだが,人家はほとんど無く,ごくたまにあっても,ものすごく上の山の頂上付近か,逆にはるか下のほうかしかない。

しばらく林道を走っていると,「本当にこれでいいのか?」と不安になってくるが,人に聞くといっても,そんなところまで行っていたら,戻るのに1時間コースである。

ずいぶんしばらく走って,長野,静岡の県境を越えた。まあ,あまりは間違っていないようである。さらにしばらく走って,奇跡的に道路脇の作業小屋(林業用の作業小屋があちこちに作られている)におばさんがいるのを見つけた。

車を降りて聞いてみる。「あのー,小和田(こわだと読む)駅に行きたいんですが,この道でいいんでしょうか?」「あー,ここから行けるに。」おばさんは何と真下の山を指さす。「あ,行けますか。ど,どうやって?」とぼくが驚いていると,小屋の中からおじさんも出てきた。

「じゃあ,もうちょっとまっとって。ワシらも降りて行くで。」ここの方言は長野南部とまったく同じようである。

少し先の火の見やぐら(山林火災用にあるらしい)の前の,少し道が広くなったところに車を止め,おじさんが準備するのを待った。

おじさんもおばさんも,しょいこ(昔,小学校前にあった二宮金次郎像の背中の,薪のたばをくくりつけてある背負うための道具)を肩にかけると,小屋の戸をしめて下に向かって歩きだした。

確かに幅50cmぐらいのけもの道のような道がついている。

「あんちゃん,ゆっとくけど,キップはここじゃあ売っとらんよ」とおばさん。この人たちも「小和田現象」は知っているのである。

「あ,いいんです,ぼくは小和田駅を見たいと思って……」とぼく。ついでに「ここには何軒ぐらいあるんですか?」と,聞いてみた。

「そうなあ,佐久間ダムが出来るまでは15軒もあって,店も2軒あったけどなあ。ダムが出来てみんな引っ越したもんで,今は6軒かなあ」とおばさん。「ワシらも磐田に引っ越したんだけどな,今日はたまたま山の世話でな」とおじさん。つまり驚異的に,奇跡的なことに,ほとんど無人のこの山にたまたま来ていた人を見つける事ができたのである。ちょーラッキー。

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グリーン・レクイエム

道は途中からコンクリート舗装になった。「あとはこれにそっていって,天竜川沿いに歩けば駅に出るで……。」「若いで,まあ20分ぐらいかなあ。まー,あそこは飯田線でいちばん不便な駅なこたあまちがいねえな。車の道がないんだもの。」おじさんたちは途中の家でそう言って別れて行った。

この山の斜面に,まるで「シタキリスズメ」か「グリーンレクイエム」みたいに忽然と家があるのである。

そしてこれが引っ越す前のおじさんとおばさんの家だったのである。

2人にお礼をいい,ぼくはまた幅50cmのコンクリート道路を降りて行った。途中から雨が降りだした。

カメラを濡らしたくないから,一目散に走る。といっても,あまり速くし過ぎるとカーブで止まれない,谷底に落ちてしまう。

こうして走ること15分,どこにも駅も線路もないから,「こりゃあ,間違ったのか?」と思い始めた時,頭の上に忽然と線路が現れた。

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どうやらずっとトンネルで,駅の手前になって線路が現れるらしい。で,このすぐ先がめざす「小和田駅」だった。

なんとか雨はパラパラていどでここまで持ってくれた。

駅舎の方に行くと,なんと無人と聞いていたこの駅に駅員がいる。

で,なんというか,笑ってしまうというか,いやわらっちゃいけないのか,この駅舎で「小和田雅子さん写真展」をやっているではないか。

どうも,駅員のヒトはこの写真展のために特別にこの駅に駐在しているらしい。まーJRも商売熱心なことである。

たしかにこんな一世一代のこと=ご成婚でもないかぎり,こんな住民6軒の駅になんてヒトが来るわけがないのである。

たまたま名前が同じだったというだけのことなのだが,なんとすごいものである。昨日は44人がここに訪れたということだった(すべて電車で。「あの山をかけ降りて来たのはあんたが初めて」ということだ)。

16時15分,駅の警報機が鳴りだした。「ちょっとすいません」と駅員のヒトは外に出ていく。電車がくるらしい。

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前も後ろもトンネルで,駅の直前で忽然と電車が現れる。

ほんとに6家族だか15家族だかのためだけにあったような,遺物のような駅。快速は止まらないから,ほんとに1日に何本かしか止まらない駅。

それがいまや飯田線でいちばん脚光を浴びているのだから,なかなか世の中わからないものだ。ホントに。飯田線沿線住民だったぼくだってこんな駅は知らなかったよ。

電車が去ると,ホームにおばさんが一人たっていた。いるんだ,こうしてやってくるヒトが。

ミーハーがそのまま年を取った(失礼)つ感じのおばはんは「うふふふ」と嬉しそうに駅舎にやってきた。

「小和田駅に立った喜び」が,顔からあふれてこぼれだしているのである。

「あ,あ,ここが小和田ですね,ふんふんふ。」駅員さんは「いらーっしゃーい」とぼくと二人にお茶を入れてくれる。

このおばさんは,なんと,このために,朝,熱海をたって!やってきたのだ。「車掌さんがね,聞いてくれてね,ほんとに親切でね,このオレンジカードセット1600円をね,手に入れられたの,ふふふうん。」おばさんは嬉しそうに,自慢げにオレカ+小和田行きキップ3枚セット1600円を見せてくれる。

「はー,」とか「ほー,」とか言っているうち,雨がひどくなってきた。このうえ暗くなったら帰りが危ういので,ぼくは「どうも,ごちそうさまでした」とお茶のお礼を言って駅を後にした。

おばさんはこのあと17:15の豊橋行きの電車で戻るらしい。

山道は「行きはよいよい帰りはコワイ」という典型で,なんといっても最大斜度40度というほとんどスキー場のような角度の道である。

ゼイゼイ,ハーハーと息ばかり荒くなるけど,いっこうに進まない。

15分で下った道だったが,登りは40分かかった。車にたどりついてもしばらく動けない。

「たしかに小和田は手ごわかった。」

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しばらくして気を取り直して帰ってきた。家についたらもう19時。

いつもの写真屋は受付はしたものの,「もう電源を落としたから,今日はできない」といわれてしまった。

というわけで,「これが小和田駅」の写真はあすまでおあづけである。もう1つの「小和田」の写真もあるので,こっちもよろしく。

でも,なんであんなとんでもない所に駅があるんだろう。ナゾである。

竹中 俊

Takechang の冗談半分 #350  93/ 4/ 7 22:28